Category : ADRENALIN

シーッ, ガソリンと初めての苦役
トライアルで11回のタイトルをとっているスペイン人、ライア・サンス(Laia Sanz)。彼女は昨年初めてダカール・ラリーに出た。そして、総合45位と華々しいデビューで周りを驚かせた。今年のダカール・ラリーは昨年以上に充分準備してきたつもりだが、大会1週目で、酸いも甘いも体験した。
「今日の第4ステージは最初はすごく調子良かったのよ。昨日35番目でゴールしたから、良いスタートができた。SSを走っている時、石にぶつかってコントロールを失って転んでしまったの。右手を軽くケガしただけで済んだけれど、石だらけの路面だったので燃料タンクに穴があいてしまった。そして、ゴール手前30kmでガス欠でストップ。そこにマルク (コーマではない、マルク・ガッシュGuash)がやって来て、私のキャメル・バックのチューブで、彼のタンクから燃料を入れてくれた。それで、86番目にゴールできたのよ。」1時間タイム・ロスしたライダーは明るく語る。そこに追い打ちをかけるように、ウェイ・ポイント2つをはずして40分のペナルティ。「実際、ウェイ・ポイントの100mのところを通過しちゃったの。悔しいわ。だって、(明日のスタートが後ろなので)後ろの方を走るとどのワダチを追えば良いのかわからなくなってしまうし、オートにも追い越されるのよ。」ともあれ、次の週にかけてモチベーションは高い。

ダカール・ラリーで魂が浄化される
FJ CruiserでエントリーしているゼッケンNo.473、ホアン・ディボス(Juan Dibos)は、白髪交じりの、背が高いペルー人。今回初参加で、コ・ドライバーのグスタホ・メディナ(Gustavo Medina)と共に周到に準備をしてきた。「実際、最初の3つのステージは好調だった。ダカール・ラリーって人が言う程難しくないと思い始めていたほどだ。
そして今日第4ステージのゴールに、最後尾119番目に着いた。「少し順位を上げようと慾を出したら、何もかもが上手く行かなかった。2km先を走るモトのライダーを追い越そうとした時、穴に足をとられた。車はジャンプして、頭からルートの道端に突っ込んだ。泥にはまって、動けなくなってしまった。現地人が30人ほど集まって、そこから引っ張り出すのを手伝ってくれた。結局、3時間もかかって、引っ張り出したが、オイルがシリンダーの中に入って、クルマのエンジンがかからない。ディエゴ・ウェベール(Diego Weber)のお陰でなんとか再び走り始めることができたが、間もなく日が暮れ、しかもフェシュフェッシュのコーナー。アルゼンチン人のアンドレス・ジェルマノ(Andrès Germano)と一緒に、オフロードを、コ・ドライバー達が歩いてコースを選びながら進んだ。ビバークに着いたのは午前1h00。これが本当のダカール・ラリーだとわかったよ。厳しいと魂が浄化されるんだね。」

ディパルマ兄弟の不運
チレシトのビバークについたのは23時。ディパルマ(Di Palma)兄弟が運転するゼッケン410のクルマはズタズタだった。メカニックと共に、クルマのダメージを点検し、全員で修理にかかった。ディパルマ兄弟はいつも通り元気で、明るくその日の出来事を語ってくれた。
「けっこう快調に走っていたんだ。ノルベルト(Norberto Fontana)を助ける為にストップした、が何もやってやれなかった。そのあとステアリング・ギアが調子悪くなった。動けなくなり、40分程立ち往生しているところ、カミヨンが追い越していった。右、左と次々とカミヨンが追い越していき、そのうち、1台のカマズが後ろからぶつかってきた。一回半回転した。カミヨンもストップした。我々のせいなのかどうか、わからない。だって我々はタイヤがパンクしていたのだから・・・・。その時16時30分くらいだった。再度走り出したが、カミヨンの通過した後のピストやデューンはかなり荒れていてとても走るのがたいへん。スタックしてしまうと、カミヨンの荒らした跡でなかなか抜け出られないし、砂をかくスコップもほとんど役に立たない。でも、ゴール出来た。ウェイ・ポイントを全部通過したし、アドベンチャーは続くよ。」

ダカール・ラリーがようやくわかり始めた!
モトのライダー、イギリス人トビアス・ヤンガー(Tobias Younger)、第4ステージのSSゴールを、最後尾20人あまりのライダー達といっしょにゴールした。これまで何度転んだか数え切れない。今日はSSスタートしてわずかkm50のリオで転ぶのから始まった。ブーツの水を捨てただけで、再び走り出した。体中どぶねずみのようにびしょぬれだ。
「14時間も走ってきた。そのうちの5時間はゴール手前のフェシュフェッシュ30kmを走るのにかかった。僕のようなプロではないライダーにとっては、それは間違いなく特別料金だよ。ようやくダカール・ラリーがわかってきた。毎日、SSのゴール手前で、みながへとへとに疲れ切ったところで、ものすごく難しいコーナーがあるんだ。アマチュアがこのレースをするには、マゾでないとできない。

チレシト, モトのファンたち
剃り立ての顔で、ホセは家族全員と一緒にやって来た。48歳の農場の労働者ホセは、土地の自転車レースでは少し名が知られている。その彼が娘、ガブリエラとその息子ホセ・ジョナサンらと共にここにやって来たのは、ゼッケン410を見に来たのだ。
「マルコス・ディパルマはとても有名なんだ。彼はシボレーでアルゼンチンのチャンピョン・シップに出ている。彼がダカール・ラリーに出るっていうんで、メンドーサから見に来たんだ。彼といっしょに写真をとらせてもらえないかなぁ。」
しかし、大自然のど真ん中、チレシトのビバークでは巨大な塀がビバークの周りに立てられ、競技者らを傍で見ることもできない。ローザになぜライダーを見たいかというと、「彼らはヒーローだから」だそうだ。
ナセル・アルアティヤのHummerがリエゾンのチェック・ポイントに見えると「プリンス、プリンス」と叫んでいたリリアナもオートバイの大ファン。「Yamaha125に乗っているの。主人はGilera200.この大会は素晴らしいわ。チレシトからやってきたの。夜9時からはFoxで毎日ダカール・ラリー・スペシャルを見ているわ。」そこへ、ハビエル・ピゾリト(Honda)がやってきた。満場の大喝采だ。「地元の競技者を応援するのは当り前よ。」

ダカール・ラリーの厳しい掟 !
ゼッケン445のクルマがSSのゴールのチェック・ポイントについたのはほとんど真夜中0時。クルマの中は彼一人だけ。イグナシオ・コンクエラ(Ignacio Corcuera)は今日のステージを10時間以上かかって走ってきた。
「第2ステージでデューンを越えたところでパンクした。タイヤを交換している間に、カミヨンがコースをぐちゃぐちゃに掘り返してしまっていた。あまりにコースがひどくて走れなかった。特に夜間は。そこで寝て、明日ビバークに合流することにした。そのせいで、今朝、第3ステージは、またカミヨンの後のスタートになってしまった。今日の岩だらけのコースで、度々クルマを降りて、歩いて正しいコースを探さなければならなかった。あまりに走った跡のワダチがあちこちにあって、どのワダチを追えばよいのかわからなくなってしまっていたからだ。ソロ・ドライバーなので、クルマがダメージしないように走らなければならない。カミヨンの後ろを走るのに少し慣れてきたが、この先ずーっとこのままリマまで行くのだろうか。そうでないよう祈るよ・・・。」

足慣らしで、9.000キロ
サンファンのビバークまで、3日間のステージで走ったのはたった2,900km。ベネズエラ人パイロット、ナンシオ・コファロ(Nunzio Coffaro)にとってはそんな感じ。
なぜなら、彼はアシスタント・カミヨンをベネズエラの首都カラカスから運転してきたからだ。カミヨンをクレーンでフェリーに乗船させることができなくて、一人で16日間かけてブエノス・アイレスまで走ってきたのだ。カラカス→ボゴタ(コロンビアの首都)→キト(エクアドルの首都)→リマ(ペルーの首都)、その後、Jamaからコルディエール峠を通過し、チーム・クルーの待つブエノス・アイレスに12月25日に到着した。走行距離9,000km。さながら、アマチュア選手のラリーレイドだ。
「最初は小さなジープで家族とドライブして遊んでいたが、そのうち本格的にオフロードをやるようになって、メルボルンのアウトバック・チャレンジに4度参加した。エクストリーム・オフロード7日間のレースだ。そして、コロンビア・ラリーや、セルトンエス・ラリーにも参加した。今回のダカール・ラリーへの参加は、ベネズエラ政府と国営石油会社がスポンサーとなり、ダニエル(Daniel Meneses)と私で最初から運営してきた。我々のチーム無しでは、運営できなかっただろう。」

ウルグアイ : 相対するクワッドのライダー二人
片や、ウルグアイ・ライダーの一人は、まるで苦労などしていないかのようにルンルンとコースを飛びまくっていた。セルジオ・ラ・フエンタ(Sergio Lafuente)、ダカール・ラリーが始まったばかりで、彼は思いっきり走り回り、楽しくてしょうがないといった風。一方のウルグアイ・ライダー、マウロ・アルメイダ(Mauro Almeida)はそうでないダカール・ラリーを代表しているようだ。苦難、苦難の連続、何一つツイていない。

「ゼッケン262のルキアノ・ガリアルディ(Luciano Gagliardi)を追い越すまでは、絶好調で走っていた。目の前に大きな3つの穴が見えた。2つはよけられたが、3つ目はどうしようもなかった。」クワッドから激しく投げ飛ばされたが、マウロは運よくなんとか再度走り出すことができた。左肩がズキンズキン痛む。Km170で、右後ろのタイヤがパンクした。交換できないまま、SSゴールについた。そのまま今日はステージが終わる。いや、あと少しで終わるところだった。リエゾンの最後のチェック・ポイントの1.5km手前、ビバークの隣でエンジンがストップしてしまった。同国人エミリアノ・スパタロ(Emiliano Spataro)に牽引してもらってステージを終えることができた。次のロード・ブックを読みながら、彼は医者の手当てを受ける。リタイアなんてとんでもない、ウルグアイでクワッドの完走パーティが待っているのだから。

– モト
161 – 300kmを片足で走ってきた

第2ステージ、日が暮れてあたりは真っ暗、オーランド・サルヴァトール(Orlando Salvatore)がゴールした。SSをスタートしてから10時間が過ぎていた。「リエゾンを走っている時にフェシュフェッシュの餌食になって、バーンとジャンプして飛んだ。体は何ともなかったが、ステップとリア・ブレーキのペダルが引きちぎれてしまった。そこから300km左足だけ、片足で走ってきた。デューンの中でリア・ブレーキが無いと、そうとう大変だと思っていたが、こんなにデューンのコースが長いと思わなかった。その上、バッテリーがいかれてしまって、転ぶ度にエンジンをかけるのにキックしなければならない。そして、キャメル・バックには既に3時間も前から水がない。幸いアルゼンチン人は優しい人ばかりで、飲み水は分けてくれ、いっしょうけんめい応援してくれた。僕のDakar2012がどうなるかまだわからないが、それが理由で、来年もまた来る。」

– カミヨン
526 – 3本足のカミヨン!

夕方、第2ステージのSSゴールのチェック・ポイントにカミヨンが到着した。思わず、全員が目をやった。メルセデスのカミヨン、ゼッケン526は、タイヤ3本で走ってきたのだ。
「ゴール手前3kmでタイヤがパンクしてしまった。ゴールしてから交換すれば良いや、このまま行けちゃうだろうと思って走ってきた。でも、ハタからみれば、あまり良いアイデアではなかったかもしれない。」とオランダ人パイロット、Johan Elfrinkは、むき出しになった右フロントのハブを見ながら笑った。
「確かにすごく目立つが、でもそれほど大したことじゃない。アシスタント・カーを待って、交換するよ。スペアパーツがないんだ。それで少し修理の時間がかかってしまうかもしれないが、ここで一晩過ごしたって別にかまわない。ビバークはそう遠くはないし・・・。明日、私達のカミヨンがレースを続けているのを間違いなく見られるはずだよ。」

セルジオ・ラ・フエンタ: ウルグアイ人初めてのSS優勝
セルジオ・ラ・フエンタ(+Sergio Lafuente)は直ぐに体得する性質だ。昨年はクワッドの総合順
位14位、最後尾後だった。充分な準備ができていなかったので、それより上に上がるのは無理だ
った。そして2012大会の最初のSSを優勝して、彼のマシーンのポテンシャルを確認した。と同時
に、彼の無名度も。クワッド部門では、パトロネッリ兄弟を知らない者はいないが、誰も彼の名前
を知らなかった。今回のSS優勝でようやくフエンタに注目が寄せられる。彼は1992年、1996年の
オリンピックで、重量挙げのウルグアイ代表だった。そこで競技の醍醐味を会得した。
「ともかくたくさんバイクのトレーニングした。私のウィーク・ポイントはナビゲーション。メン
ドーサに行くのにハルンペンに教えてもらいながら走った。彼は昨年2位で、たくさん得るところ
があった。SS優勝できたのは、私がトレーニングできるよう助けてくれたグスタヴォ兄弟の会社
のお陰で、彼らにお礼を言いたい。」

コマニャック、ゆっくり走っていたのに㎞16で…
ダカール・ラリーの最初のSSでは、毎回だれかが思わぬ悪いサプライズにつき当たったり、リタ
イアする様な大きなトラブルに見舞われたりする。それが彼に降りかかってきた。昨日、ヤニック
・コマニャック(Yannick Commagnac)は57kmという短いSSをゆっくり走っていた。km16、彼
の乗るBowler Wildcatのシリンダーのジョイントが外れた。それから悪夢が始まる。
「二人で直そうと一生懸命やったが、直らなかった。仕方がないのでうちのアシスタント・カミヨ
ンを待つことにした。それに牽引してもらったが、ゴールまでとんでもなく長かったよ。」
実際、ゴールに着いたのはオート部門トップのノヴィツキーから4時間17分後。しかし、それごと
きでレースを諦める二人ではない。「まだ、ビバークに着いたわけではないが、ビバークに行けば
パーツを交換できる。明日スタートできるよう祈るよ。そして、願わくばリマまで行きたい。」

EN – Magazine – Stage 2 (Santa Rosa de la Pampa – San Rafael) – 2012/01/02

ルイス・ベロウステギ : いちばんひどいカラーリングのバイク

アルゼンチン人ルイス・ベロウステギ(Louis Belaustegui)は昨年初めてダカール・ラリーに参加し、今年で2度目。昨年同様KTM150ccで、今年はなんとか完走したい。「ブエノス・アイレスでバイクを受け取りたかった。が、納品が遅れ、時間がなくなってしまった。だから、マルチカラーで、競技車の中で、いちばん見栄えがひどいバイクに違いない。要は、去年と同じようにちゃんと機能しているかどうかだ。去年は時間外到着でリタイアになってしまった。他の人を助けるのに頻繁にストップしていたのも良くなかった。今年は、もっと自分の為に走る。」

 

ペドレガ、クワッド・ライダーから変身

2006年クワッド部門で総合優勝したホアン・マヌエル・ゴンザレス・ペドレガ(Juan Manuel Gonzalez Pedrega)、今年はペドレガ・ラリー・レイド・チームのマネージャーとして、ダカール・ラリーのレジェンドを引き継ぐ仕事を果たす。チームはルイス・エンデルソン(Luis Henderson)、マウロ・アルメイダ( Mauro Almeida)、ロベルト・トネッティ(Roberto Tonetti)らの3台のクワッドを送り込む。サルディニヤとモロッコ・ラリーで経験を積んできた。「2012年大会は、3名の南米ライダーが、ワールドチャンピョン、そしてダカール・ラリーに出場する。」

 

マーク・マクミラン(Mark McMillin): 毎日が新しい経験

Baha1000の5回優勝者、マーク・マクミランはアメリカのクロス・カントリーの権威だが、ダカール・ラリーでは55歳のルーキー。車検場でも初めての事ばかり。「バハでは車検はテーブルひとつで、15分で終わってしまう。ここはまったく違う。驚いたよ。でも、すごく良くオーガナイズされている。たとえレースのスタートまであと少し時間があるにしても、既にダカール・ラリーは始まっている。早くスタートしたい。最初の2日間はどんなふうにレースが進められるのか、コースはどんな風なのか様子を見ようと思う。どちらにしても、プランは休息日までに車とドライバーを大事に扱うことだ。オープン・カテゴリーでは、スピードが早い者ではなく、メカニックのトラブルが無い者が勝つと思う。」

「これが最後のチャンスよ」と妻に言われた

彼は1m85cmの大きな図体で、ダカール・ラリーの雰囲気を体中で味わうかのように車検会場の中をふらふらと歩きまわり、ライダーたちと言葉を交わしている。しかし、ブラジル人ディマス・マットス(Dimas Mattos)47歳は、少し引け目を感じている。というのは、ラリーレイドを15年もやっていて、まだダカール・ラリーで完走していないのだ。2007年大会ではもうすぐ終わりというステージでリタイア、そして2009年も途中リタイア、しかも悪いことに2度ともケガをしてしまったのだ。その為、彼の奥さんはダカール・ラリーに出るのを禁じた。それでも、彼のラリーにかける情熱のほうが奥さんより勝る。

「2007年大会では、ゴールの前の日ケガをした。妻を説き伏せるのに1年かかった。そしてようやく2009年参加できた。そして2009年大会では、第2ステージで骨折してしまい、妻は「ダカール・ラリーに出るのはこれで終わりよ」って言った。彼女を説き伏せるのに、今度は2年かかった。なんとしても完走したいんだ。ようやく彼女を了解させた。彼女は、これが最後のダカール・ラリーだと、家で待っている。でも、バイクは俺の命なんだ・・・。」

 

賑わうダカール・ラリー村

マル・デル・プラタの車検場で12月29,30,31日と3日間にわたって、車検・人検(書類審査のこと)が行われる。スタート前の大事な瞬間だ。数カ月、いや人によっては数年間もかけて準備してきたダカール・ラリー出場が、この車検、あるいは書類の不備があると、パァになってしまうからだ。ここマル・デル・プラタでは、緊張した面持ちの競技者やクルーが他のチームの競技者を見たり、情報交換をしたりする。しかし、会場の中は、出場者とその関係者ばかりではない。たいへんな数の観衆やラリーおたく達が見に来ていて、会場の中は人でごった返している。

ポディウムでは、ひとりひとり競技者が紹介され、それが済むとパルク・フェルメの中の自分の競技車のもとに行く。29日11時から始まった車検は主に南米の競技者の番だ。30日、31日はカミヨンのジェラルド・デ・ローイやハンス・スティシー、オートのジニエリ・ド・ヴィリエ、元のシリル・デプレ、トップドライバー達が召集されている。チャンスがあれば、こうしたトップドライバー、トップライダーらと言葉を交わすこともできるかもしれない。さらに会場内のトータル、ヘンケル、フリック・ロット、エドックなどのスポンサーのブースでは、コンパニオンたちがプロモーショングッズを配っている。