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オート&カミヨン:リエゾン(移動区間)336km+SS(競技区間)510km=合計846km
モト&クワッド:リエゾン(移動区間)316km+SS(競技区間)450km=合計766km
注: SSは天候不順による路面のコンデションの為、CP4までの約半分の距離に変更になった。

モト部門

008 – パウロ・ゴンサルヴェス(SS1位、総合2位)
最初からアタックした!

昨日SSがキャンセルされたので、今日は最初から飛ばさなければならなかった。リエゾンとSSとで500km以上もある長いステージだった。僕は2番目のスタートで、最初からバレダに追いつこうとアタックした。快調に走ることができ、良いラリーのスタートが切れた。

 

004 – パブロ・キンタニージャ(SS10位、総合9位)
リスクを負わずコンスタントな走りをするよう努めた

コースはカーブの多い高速だった。場所によってすごい強風が吹いていた。そして、路面はかなり水たまりができていて危ないところも多かった。調子よく走れて、ポジティブな1日だったと思う。やっとレースが始まって、待っている間のイライラや不安が収まった。リスクを負わずコンスタントな走りをするよう努めた。まだ始まったばかりだ。これだけ速い選手の中にいて、トップ5から7位くらいの位置で満足だ。明日も良い順位を保てるよう楽しみだ。

 

003 – トビー・プライス(SS1位、総合1位)
再び参戦できてうれしい

このステージは、すべてうまくいった。今日は本当のスタートだったので、それは信じられない。再び参戦できてうれしい。今日の長いステージまで長い間待った。バイクに長時間乗っていたがパーフェクトだった。明日が待ちきれないくらいだ。今日より少し難しくなるそうだが、おとなしく走ろうと思う。あまりナビゲーションもなく、今日のコースとほとんど同じらしいから、今日のような走りができるようだといい。先頭集団の一人になりたいと思って出てきたので、そうなれると良い。しかし、まだそれを考えるのは時期早々だ。その目標への道で一つ勝てたことはよいことだ。

 

006 – ホアン・バレダ (SS7位、総合6位)
今日は快調とは言えない

難しい1日だった。コースをオープンして走るのは常に難しいが、今日もオープン役だった。何カ所か、水たまりなどの難しい場所があった。そして、コースにかなりの動物が飛び出してきた。そうしたこと全部、コースを難しくする。まだダカール・ラリーは始まったばかりで、快調とは言えなかった。ゴール手前で泥が深くて、大きな水たまりがあり、バイクが埋もれてしまった。そこから何とかはい出したが、その後ナビゲーション機器を洗わなければならなかった。ルーベン(ファリア)が追い付いてきてくれたので、彼に付いて走ってゴールした。

 

クワッド部門

252 – アレヒャンドロ・パトロネッリ (SS4位、総合4位)
私は競技向きじゃない

コースは時折カーブがあったがハイ・スピード、美しかった。土路面の小道や、山の中の道を通ったりしたし、泥で覆われたところ、水たまりもいっぱいあった。場所によっては走るのが非常に困難なところもあった。何はともあれ、こうしてゴールに着けたので何よりだ。
マルコス(パトロネッリ)もエギゾーストパイプの切れ目から水が入る等いろいろトラブルがあったようだが、ゴールできた。今日のステージは全体的には本格的ダカール・ラリーのコースで、場所によっては危険で数人のライダーが転倒した。慎重に走る必要があった。まだこの先数千km走らなければならない・・・・だから、ちょっと戸惑っている。私は競技向きじゃない、それは確かだ。だから、何より私は慎重に走るようにしている。

最後にダカール・ラリーに出たのは2012年、ペルーのステージが最後だった。まだフィーリングがつかめていない。今日の後半部数10kmでようやくハンドルの感覚が戻ったが、まだクワッドを思うように扱えない。クワッドがピカピカの新品なので、できるだけ壊したくないから、おとなしく走るようにしている。本当に精一杯注意して走っている。まだ始まったばかりなので壊したりしたらたいへんだから…。

 

251 – イグナシオ・カザレ (SS1位、総合1位)
快調な走りで、すべてがうまくいった

すごくうれしい。1日いい走りができた。気分がノッて、いいフィーリングだった。今日のSSを制したのはこの僕で、クワッドじゃない。マシーンを完璧に操作している、それはポジティブなことだ。この数か月のトレーニングが本当に生かされている。今日はリスクを負ってはならなかった。快調な走りで、すべてがうまくいった。でも、まだ始まったばかり。ステージの一つひとつをこなしていかなければならない。肉体もクワッドも快調でありたい。2015年大会で自信を失ったが、トップ3に入れて完全に自信を復帰した。

 

オート部門

301 – ジニエリ・ド・ヴィリエ (SS3位、総合3位)
非常に集中していなければならなかった

良いペースで走った。思っていたより路面が乾いていた、だから思いのほかスピードを出して走れた。どろどろの泥でいっぱいのコーナーは、何台も4輪がブロックされていて、ちょっと難しかったが、どうにかうまく切り抜けた。石がいっぱいあったので、非常に集中して走らなければならなかったが、それもうまくいった。プジョーはこのスピードタイプのステージでは非常に速い。きわどいタイム争いになるだろうが、自分は是非その中にいたい。

 

300 – ナセル・アルアティヤ (SS9位、総合9位)
タイヤ1本の交換で手間取ってしまった

簡単ではなかった。何よりパンクが良くなかった。タイヤ1本の交換で手間取ってしまった。そのあとはリスクを負いたくなかった。それはなんとかうまくいった。どちらにしても、明日はコースのオープン役はしたくなかったので、私たちにとっては良い結果となった。

 

303 – カルロス・サインツ (SS14位、総合13位)
13分もストップ

まぁまぁの1日だったね。いきなりエンジンが止まってしまった。動けないまま13分もストップしなければならなかった。そして再スタートできた。こんなもんだ。問題は明日のスタートが後ろの方だってことだ。しかしま、まだこの先いくつもステージがあるので、どうなるかわからない。

 

314 – セバスチャン・ロエブ (SS1位、総合1位)
トップ走者らのペースで走れる

SSのトップとは嬉しいニュースだ。思ってもいなかった。コースは一か所すごい泥の海となっていて、観客が合図をしてくれた。しかし我々はその泥沼に入って、車のボディまで泥につかりながら、有刺鉄線が張り巡らされた側面に直角に向かい這う羽目になった。前に行ったり後ろに進んだり、ようやく抜け出した。たぶん数分失ったのではないかな。ゴールしてみれば、あまり大きなタイム差が開いていなかった。でも、面白かった。

このコースはバギー向きではなかったと思う。ここまで完璧に進んだ。自分がどこを走っているのかよくわからなかったが、良い走りができた。ダカール・ラリーでトップ走者らのペースで走れるが、この先まだ長い。カーブの度に自分はもっと早く行けると思うんだ。それをすべきで、10回繰り返せばよりタイムが早くなる。しかし、いつもこう言う訳にはいかない。明日のステージはコースをオープンしなければならないので難しい。他の車の轍を見てスピードダウンすべきか判断できるが、コースをオープンすると、そうはいかない。

 

カミヨン部門

501 – ジェラルド・デ・ローイ (SS4位、総合4位)
非常に集中していなければならなかった

イメージしていたのと少し違った。もっと路面が水たまりだらけで泥沼になっていると思っていた。その方が我々にとってよかった。パンクしないよう丁寧に走った。スタート後1時間くらいでマルデーヴに追いついた。しかし、追い越さずにゴールまで後ろについて走った。今日の成績に満足している。まったくミスしなかったので良いレースができた。

 

506 –ハンス・スティシー (SS2位、総合2位)
いわば、しきたりみたいなもんだ

超すばらしいカミヨンだよ。前回走ったマンで4回SS優勝した。今日のコースでは初番砂埃がすごかったのでおとなしく走らなければならなかった。コロミーを追い越せなかったが、途中で彼が道を譲ってくれたので、そこからは思い通りの走りができた。去年は最初のステージで優勝した。それはいわば、しきたりみたいなもんだ。チームが良い成果が出てうれしい、この調子で続くといいんだが。この先何があるかわからないが、ダカール・ラリーではトラブルを予想することが必要なんだ。今年は15台もトップレベルのカミヨンがいるので、面白いレースになりそうだ。

オート&カミヨン:リエゾン(移動区間)336km+SS(競技区間)510km=合計846km
モト&クワッド:リエゾン(移動区間)316km+SS(競技区間)450km=合計766km

 

プライス敵意むき出し、ロエブ、センセーションを巻き起こす

 
1日目の短いプロローグ、その次の日の競技キャンセルの後、ダカール・ラリーはようやく本格的なレースを始めることとなった。ビジャ・カルロス・パスとテルマス・デ・リオ・オンドを結ぶコースは、ナビゲーション難度の高くないスピードコース。

モト部門では、トビー・プライスが最初のステージ優勝を記した。プライスはダカール・ラリー2度目のステージ優勝。彼はSSの間ルーベン・ファリアにぴったりついて走り、SS最後でファリアを引き離し、1,2秒差でステージを勝ち取った。

オート部門では初出場のフランス人セバスチャン・ロエブが、泥の中で2分失ったにもかかわらず、初めてのステージ優勝を果たした。

オーストラリア人トビー・プライスは前大会で初めてのダカール・ラリー出場だった、そして最終ステージで優勝した。だから、今大会は表彰台への思い入れが違う。その野望を証明するかのように、最初のSSでそのチカラを示した。しかし、事はそう簡単ではない。ハスクバーナのオフィシャル・ライダー、ルーベン・ファリアがスタートするなり悠々とリーダーの座につき、ほとんどトップを引いて走った。彼は3分前にスタートしていたホアン・バレダ を追い越してスクラッチ・タイムもトップにいた。そのファリアに食らいついて走り、最後に追い越した。SS2位はホアン・バレダ 、3位はフランス人アラン・デュクロ。

スロヴァキアのステファン・ソヴィツコは3番目のスタートにもかかわらず、果敢に攻め、トップとの差わずか1,5分でゴールした。しかし同じKTMのマチアス・ウォークナー、HONDAのパウロ・ゴンサルヴェス に割って入られ結局5位。本日見事なパフォーマンスを見せた一人、アルゼンチンのケヴィン・ベナヴィデスはSS8位。

クワッド部門では、2015年大会の悪夢を打ち消すかのようにイグナシオ・カザレが猛スピードでSSを走り抜けた。2014年大会に続き2度目の総合優勝という目標をきっちり抱きながら、チリのライダー、カザレは2位に大きなタイム差でゴールした。SS2位は南アのブライアン・バラグァナット、そして、1年ぶりに戻ってきたアレヒャンドロ・パトロネッリは3位でゴールした。タイトル保持者ラファウ・サノクはトップと6分以上の差で、SS6位に着いた。

オート部門、セバスチャン・ロエブはダカール・ラリーでトップタイプを出すパイロットに入り、優勝を期待して出場してきたのではないに違いない。9度のWRC世界チャンピオンというキャリアの持ち主とはいえ、ラリー界の強者相手に、ナビゲーションのスキルも十分獲得していないうちに、大仕事を成し遂げるなんてありえない。しかしなんと、フランスのアルザス出身パイロットは、いともたやすくライバルたちを追い抜き、チームメイトのステファン・ペテランセルに2’23の差でSSゴールを通過、初めての参加にして、初めてのSS優勝を手にし、総合でトップについた。

新型プジョー2008は明らかに大幅に改善されているようで、SS5度の優勝記録を持つウラジミール・ワシリエフと、宿命のライバルで同じトヨタのジニエリ・ド・ヴィリエに15秒の差でゴールした。ロエブと同じ元WRCパイロット、ミッコ・ヒルボネンはSS5位に入り、元モト部門から移籍してきたシリル・デプレはSS7位に入り、その実力と車のパフォーマンスを示した。
ナセル・アルアティヤはパンクで貴重なタイムを失い、カルロス・サインツは原因不明のエンジン・ストップで11分失った。そして、泥の中でメカトラブルになったナニ・ローマは45分、オーランド・テラノヴァ、グザヴィエ・ポンスはさらに30分ものタイムを失った。

カミヨン部門では、2015年大会同様、ハンス・スティシーが最初のSSを制した。10度目のダカール・ラリー参戦、今回はマンに移籍しての参加だ。2007年大会で総合優勝。しかし、今日のSSはピヨートル・ベラシウスにわずか48秒の差、そして従妹のジェラルド・デ・ローイに 1’51と僅差。本日のSSをほとんど1台でトップを引いていた地元のフェデリコ・ヴィアグラは最終的に5位。KAMAZの最もタイムが良かったのは2015年優勝者、アイラット・マルデーブで8位だった。

ビデオ映像:http://www.dakar.com/dakar/2016/us/stage-300/videos-galery.html

オート&カミヨン:リエゾン(移動区間)404km+競技区間258km=合計662km
モト&クワッド:リエゾン(移動区間)404km+競技区間227km=合計631km

 

第1SS(競技区間) キャンセル

 
第38回ダカール・ラリーの最初のステージは、数日前からの雨によりコースが最悪のコンデションとなって、キャンセルとなった。黒い雲が低く垂れこめ、時折雷がなり、ヘリコプターや飛行機のフライトが不可、そして、競技者らの安全が確保できなくなった。そのため、エチエンヌ・ラヴィニュ ダカール・ラリー総監督は本日の競技キャンセルの決断を余儀なくされた。

ブリーフィングでキャンセルの報告の後、競技者らは本日のビバーク、ビジャ・カルロス・パスを目指してリエゾン移動となった。モト&クワッドはコンボイで、オートは自由走行の移動だった。さらに、まだ出発していないカミヨンは、夕刻アシスタント・カーのコースを使って直接ビバークに向かう。

競技上では、昨日のプロローグの成績順に、明朝第2ステージをスタートすることになる。第1走者は、モト部門はホアン・バレダ(HONDA)、オート部門ではベルンハルト・テンブリンケ(TOYOTA)。オート部門はプロローグの際、競技者ゼッケン360の事故の為、後続スタート予定の46台が走行できなかった。この競技者は、競技ディレクターからスタンダード・タイムを割り当てられることになる。

明日のステージのビジャ・カルロス・パス→テルマス・デ・リオ・オンドは難度がやや低めと予想されている。最初70kmをリエゾン、その後今大会最長のSSとなる。オート&カミヨンは510kmのコース。モト&クワッドは450kmのコースで難度は高くないがスピードの出しやすいコースの為、競技者の間のタイム差が開きそうだ。SSを終了後、250kmのリエゾンでビバークのテルマス・デ・リオ・オンドに向かう。

ビデオ映像:http://www.dakar.com/dakar/2016/us/stage-200/videos-galery.html

ダカール・ラリーにデビューして十五年、日本人パイロット三橋淳はバイクに乗る為にチーム・ランドクルーザー・トヨタオートボディを去った。彼はダカール・ラリーで第三のキャリアを始めようとしている。

ダカール・ラリーに精通したファンは、活躍した日本競技者らについて詳しく説明することができる。1997年に優勝した篠塚建次郎、2002年-2003年優勝の増岡浩らを抱えた最盛期の三菱チーム、ダカール・ラリーに今回33回のエントリーを果たす超ベテランの菅原義正など。

そしてその後に続く三橋淳。15回目のエントリーを果たし、その間の実績も嫉妬されるほど華々しい。昨年までの8回はチーム・ランドクルーザー・トヨタオートボディのオフィシャル・パイロット、T2市販車部門で5度の優勝、2005年には総合11位と総合トップ10入りするところだった。15回目のエントリーとなる次大会で三橋淳は、快適な習慣にあったにもかかわらず、デビューした当時のバイクに戻る方に向かった。「T2での前回の優勝でTOYOTAとのアドベンチャーは終わった。KTMジャパンから連絡があって、最初は冗談かと思った。でも、本気の挑戦だった」。彼に次大会の目標は2002年の総合12位を目指すのかと聞くには時期尚早というものだろう。はるか昔の事なのだから。

「ともかく完走することが目標だ。これほど長い間ラリーでバイクから離れていたのだ、自分のリズムを見つけるのは難しい。だが、メルズーガ・ラリーでは一度も転倒しなかったし、ペナルティも受けなかった。ナビゲーションもパーフェクトだった」と元&次期ライダーは語る。淳が戻ってくる、さあ大変だ!

ニューコース、ニューバージョンはザ・オデッセイ
ダカール・ラリー2016のプランBはビックV

ペルーのダカール・ラリー2016大会コース撤退の決定後、主催者はアルゼンチンとボリビアの中でコースを作ることに集中しました。いつもながらのアルゼンチン政府の支援とボリビア当局の協力のおかげで、ハイ・レベルかつハイ・スピードの大胆な新コースができあがりそうです。特別にスタッフを動員してくださったホスト国の当局と共に集中的なフィールドワークを行って3週間、主催者はダカール・ラリーの特性すべてに忠実なコースを構築することができました。

スタートまで残すところ3ヶ月半、この新コースにより、ダカール・ラリーの競技者とクルーの集合地はブエノス・アイレスとなりました!

「8月末になって私たちに課された新たな課題に対応する為に適切な技術的解決策を見つけることができたのはボリビアとアルゼンチン当局の速やかな連携協力のお蔭でした。今日ここに本来のクォリティを維持したダカール・ラリー2016大会の概要を競技者に提供できるのは、この二つの国のダカール・ラリーへの忠誠によるものです」と大会ディレクターのエチエンヌ・ラヴィニュが強調する。

大会の日程とステージ数は当初予定のまま、総走行距離もほとんど同じままで、当初のものとはまったく別のコース取りとなり、競技者はそれに対応した走行対策やハイ・スピード対策を講じなければならないだろう:フフイまで最初の3日間は砂丘ステージはあまりなく、ドライビング・テクニックのコースが多い。その後、新しいタイプのコースがボリビアへと続く。特に今回はウユニ湖のビバークに全カテゴリーが集まる。

「ウユニ湖へのコースはマラソン・ステージで、その前のフフイのビバークは完全なパルク・フェルメとなる。競技者がマラソン・ステージを行っている間に、アシスタント・カーはウユニ湖までの長いコースを移動する。ボリビアでの3日間は高地コースに特徴づけられる」とコース・ディレクターのマルク・コマが説明する。

1月10日サルタで休息日、その後一行は2016年大会で初のコースを通ってロサリオに向かう。アンデス山脈のコルディエール峠の中で6日間の競技の後、フィアンバラなど砂丘ステージを経てゴールとなる。現地を踏査してきたマルク・コマは、「第2週目に2度目のマラソン・ステージを行うモト&クワッドにとってエンデュランス要素の強いレースになる。コースを制するのはこのマラソンのSSをよりよく管理できた競技者になると思う」と話す。

 

大会スケジュール

月日 ステージ 出発地 到着地
12/31
1/1
車検・書類審査
01/02 ブエノス・アイレスにてスタート・セレモニー
01/03 第1ステージ ブエノス・アイレス ビージャ・カルロス・パス
01/04 第2ステージ ビージャ・カルロス・パス テルマス・デ・リオ・オン
01/05 第3ステージ テルマス・デ・リオ・オン フフイ
01/06 第4ステージ フフイ フフイ
01/07 第5ステージ フフイ ウユニ
01/08 第6ステージ ウユニ ウユニ
01/09 第7ステージ ウユニ サルタ 
01/10 休息日 (サルタ)
01/11 第8ステージ サルタ ベレン
01/12 第9ステージ ベレン ベレン
01/13 第10ステージ ベレン ラ・リオハ
01/14 第11ステージ ラ・リオハ サン・ホアン
01/15 第12ステージ サン・ホアン ビージャ・カルロス・パス
01/16 第13ステージ ビージャ・カルロス・パス ロザリオ

 

ダカール・ラリー2016 日程

・2015/11/18 記者発表会 パリ
・2015/11/19 ヨーロッパからの車両の乗船手続き
・2015/12/29 港でヨーロッパからの車両の下船手続き
・2015/12/30 午後 競技者 セキュリティグッズの受取
・12/31&1/1 車検・書類審査
・2016/1/2 Dakar2016スタート ブエノス・アイレス
・2016/1/3 第1SS
・2016/1/10 休息日 サルタ
・2016/1/16 最終 表彰式

新しいコース、初の競技スタイル

新バージョンのコースは実質的・かつロジスティック面に対応しながら、何よりも競技的な面を重視した。以下、その主なポイント :

•より競技性を高める為、ビバーク“0”
ブエノス・アイレスであの大歓声に包まれたスタート・セレモニーの感動を味わった後、競技者とクルーはブエノス・アイレスを後にして、次のSSスタート地まで、ビバーク“無し”でリエゾンする。その目的は?1月3日からの本格的なステージを楽しんでもらう為。その翌日ビバークで1夜過ごす。

•マラソン・ステージ、全競技者、初のスタイルで:
1.フフイ~フフイのループ・コースをモト&クワッド、オート、カミヨン全車が走行 - 1月6日の超高地ステージは、アシスタント・カーもウユニのビバークに合流する(タリハTarijaでビバークの翌日)。今回初めて行われるマラソン・ステージの方法は、競技者がビバークに到着した後、車両の修理を行えないというもの。言い換えれば、競技者はコースをそれぞれの競技車両に合せて管理しなければいけないということだ。
2.二つ目のマラソン・ステージ :モト&クワッド部門のみ、第2週目に行われる。

•走行距離
当初の走行距離とほぼ同じ。より競技性が優先されたコース。

•オート&カミヨン
ほぼ全域にわたってオートとカミヨンのコースは同コース。

なによりも・・・・ありがとう!

ペルーのコースのニュースを報道してから3週間、皆様の信頼と支持をいただき、ありがとうございます。ダカール・ラリー主催者及び現地のダカール関係者一同、特別な注意と励ましのメッセージに心を打たれましたが、何よりも大会、大会の名声と価値を認め続けてくださったことに感激いたしました。ダカール・ラリー2016はその期待に応えるレースにしたいと思います。

他の情報など何かありましたら競技者サービス部に遠慮なくご相談ください。      

ダカール・ラリー主催者は、プレス発表の際に、2016年大会ではペルーで4日間のステージを行うと発表していたが、9月11日~13日に予定されているデサフィオ・インカ、およびダカール・ラリー2016年のペルーのステージをキャンセルする旨決定した。

ペルー政府が、今年非常に激しくなると予想されるエルニーニョの為、同国のすべてのサービスをエルニーニョの影響を受けた住民に向けると決定したことを受け、同国内のコースを急遽撤退することにしたもの。

ダカール・ラリー主催者は、当然、ペルー国民がそうした災害に直面しないよう望むものである。しかし、ダカール・ラリーの実施の準備を進めなければならない以上、アルゼンチンとボリビアで、代わりのコースを設定する。

そして、既にエントリーしている競技者に、変更になるコースについての情報をできるだけ早急に提供すべく作業を進め、遅くとも9月中旬には大会コースを発表する予定である。

ダカール・ラリー2016のスタートまであと8か月。ダカール・ツアーの皮切は、オランダのLoon Op Zandで行われた。アレス・ロプライスがデ・ローイチームに移籍したニュースで盛り上がった。カマズ・チームに対抗する最良の方法かもしれない。
 
ダカール・ラリーにかけるオランダ人の情熱は相変わらず熱い。オランダのデルタと、ペルーのデューンは何ひとつ共通するものはないが、去る1月に前大会から帰国し、競技者らの意欲は満々だ。
 
オート部門では、全体会で総合4位になったエリック・ファン・ルーンが次大会で優勝を目指して参戦する。また、カミヨン部門で強いオランダ勢の中で、打倒Kamazを唱えてジェラルド・デ・ローイが参戦を表明。そしてデ・ローイ・チームにアレス・ロプライスも合流する。
 
「ロプライスと私のジョイントは、かなり前から考えていたことで、前体会のゴールで合意した。私は、ここ数年Kamazを倒そうと頑張ってきたが、ロプライスも同じだった。我々のラリーのノウハウをジョイントさせ、共通のゴールの目的を果たす。非常にうれしい。」とデ・ローイが語る。
 
また、ダカール・ラリーで4つの全カテゴリーで出場した初めての競技者Kees Koolenも会に顔を見せた。くしくも前大会で途中リタイアしたが、デサフィオ・ルータ40やデサフィオ・インカに出場し、次のクワッド部門優勝を目指す。

ダカール・ラリー2016大会の通過国、ペルー、ボリビア、アルゼンチンの首都で、次大会に向け会見が行われた。
 
まずは、4月23日、ペルーの首都リマで、3年ぶりのダカール・ラリー発表会が行われた。ペルーは長い間、主催国となることが待ち焦がれられてきて、会には多くのペルーのアマチュア競技者が集まった。2014年大会で母国ペルーのステージ優勝を果たしたイグナシオ・フローレスも顔を見せていた。次大会では、ペルーで4つのステージが予定されている。
 
同会では、貿易&ツーリズム大臣マガリ・シルヴァが、国土の環境保全について語った。「ダカール・ラリー主催者が、競技者や観客の安全を最優先しながらも、我が国の環境保全にも配慮していただけることで、非常にうれしい。2016年大会が成功するよう、国をあげて努力するつもりだ。」
 
その次の会見はボリビアのラパス。大統領エヴォ・モラレスに指定された早朝の発表会となった。ボリビア通過は3年目を迎える。最初の2大会では、モト&クワッド部門のみがウユニ湖を通過し、3年目でオート部門が加わった。来る1月には全車両がボリビアでビバークする。
 
モラレス大統領は、「ダカール・ラリーが我が国を訪れることを、つい先ごろ聞いたばかりだ。ボリビア人はダカール・ラリー競技者の勇気を尊敬している。大会では友情と寛容の資質を示すことになろう。それは、私たちの人々のための統合と交流の一つの形態である。」と述べた。
そして、モラレス大統領から、ラリー中、国を代表する責任を担う大使として、モト競技者”チャボ“こと、サルヴァティエラが選任され、「全大会での怪我も回復した。次大会で、我が国を3日も競技できるので嬉しい」とコメントした。
 
そして最後は、アルゼンチンのリオ・プラタの海岸にあるプエルト・サルグエロで会見が行われた。アルゼンチン競技者らとダカール・ラリーとはこれまでユニークな関係を育んできており、会にはハビエル・リゾッティやルカ・ボネットなどが参加した。2016大会では同国内で7つのステージが予定されており、フィアンバラのデューンなどが含まれることで沸き立っていた。
 
エチエンヌ・ラヴィニュ ダカール・ラリー総監督は「アルゼンチンは、ダカール・ラリーが南米で行われるようになって、全大会でホスト国となった唯一の国となった。ダカール・ラリーとアルゼンチンとの絆の深さを示している。観光大臣エンリケ・メイエールは、我々主催者がとりわけ頼りにし、それに応えてくれてきたが、この難しい変換の機に飛躍しようとする当大会をサポートしてくださる。」と述べる。
 

2016大会スケジュール

月日

ステージ

出発地

到着地

01/03 第1ステージ リマ  (ペルー) ピスコ
01/04 第2ステージ ピスコ ナスカ
01/05 第3ステージ ナスカ アレキパ
01/06 第4ステージ アレキパ チチカカ湖 (ボリビア)
01/07 第5ステージ チチカカ湖 オルロ
01/08 第6ステージ オルロ ウユニ
01/09 第7ステージ ウユニ サルタ (アルゼンチン)
01/10

 

休息日 (サルタ)

01/11 第8ステージ サルタ ベレン
01/12 第9ステージ ベレン ベレン
01/13 第10ステージ ベレン ラ・リオハ
01/14 第11ステージ ラ・リオハ サン・ホアン
01/15 第12ステージ サン・ホアン ヴィラ・カルロス・パズ
01/16 第13ステージ ヴィラ・カルロス・パズ ロザリオ

本日、パリでダカール・ラリー2016の記者発表が行われた。
南米で8度目の大会となるダカール・ラリー2016は、いつも通過コースとなる地域が悲惨な洪水の被害にあったチリが外されることとなった。
そして、ペルーのリマからボリビアを通過、アルゼンチンのロサリオのゴールまで、初めてのコースをとる。
 
2016年大会での目玉は、アンデス山脈。最初のペルーのコースは主にデューンの中で競技が行われ、その後海と山の間の長い砂地を抜けると、ボリビアの山岳部へとステージを移す。ダカール・ラリーがボリビアに入るのは次大会で3度目になるが、まったく初めてのコース取りだ。過去2会は、1地点への往復だけだったが、次回はアルティプラノ(周氷河環境下で平坦化された地形)の中、国土を横断し、チチカカ湖のビバークが組み込まれる。
肉体的・技術的な高地への適応能力が求められる。最後、アルゼンチンでは、山岳部から平地に向かう中のエンデュランスの競技だ。
 
ダカール・シリーズは、
・デサフィオ・インカ :第38回ダカール・ラリー2016のスタート地でもあるリマがスタートで、4か月前に実施される。イカ砂丘など、次のダカール・ラリーでも使われるコースを含み3日間の競技で、ダカール・ラリー2016の前哨戦ともなる大会。9月10日~13日
・デサフィオ・ガラニ (パラグアイ) 7月20日~26日
・デサフィオ・ルータ40 (アルゼンチン) 5月17日~23日
 

2016年大会のコース:3つのアクトの挑戦

 
アクトI : あらゆる路面
2012,13大会では、多くの競技者にとってペルーは初体験の場だった。イカの延々と連なる広大なデューン、サハラ砂漠を思い起こさせるようなピスコ地方。そして2016年大会はまさにそこが競技の場となる。最初のステージから砂との闘いが始まる。
 
アクトII : 高地
次大会では、ボリビアへは行って帰って来るだけではない、滞在する。アルティプラノ(周氷河環境下で平坦化された地形)にたどり着くまで、3~4000メートルの山を登らなければならない。この二つ目の要素は、既に競技者らが体験したように、天気や大気条件で大きく左右される。ドライバーの技術・体力がこれまで以上に求められることになるだろう。
 
アクトIII : リオ・パラナに向かう
アルゼンチンのステージではいつもサプライズに富んでおり、何が起こるかわからない。スリップしやすく、カーブの多い路面、いきなり穴。そのような中、岩などにぶつかったり転倒したりと車へのダメージを受け、大きく順位を落としたりする。強靭な精神力と忍耐力、日々淡々と走り続けた者が、ロサリオのゴールまで走り抜くことができる。パラナ川(Rio Paraná)ののどかな河岸の雰囲気がゴール後の競技者らを迎えてくれるだろう。
 

三つの通過国、ペルー、ボリビア、アルゼンチン
再びビバーク地となるリマ、サルタ、ロサリオ

 
リマ
ペルーの首都、1,000万人の住民を持つ、南米で5番目の都市。1535年に町が設立、1991年に旧市街などがユネスコの世界遺産に認定された。2012年大会では、プラザ・デ・アルマスのポディウムで百万人もの壮大な歓迎を受けたことが記憶に新しい。2013年大会デマグダレナの海岸で車検、Chrillosのポディウムでスタートセレモニーを行った。来る1月3日も、この地での再会となる。
 
サルタ
アンデス山脈のふもと、サルタは地元の交易の中心地だった。ベルグラーノ将軍が独立に招いた土地でもある。今ではアンデスの登山者の拠点となっている。ダカール・ラリーの競技者は、ここで休息日を迎える。
 
ロサリオ
パラナ川河口近くに1812年、マヌエル・ベルグラーノ将軍によって町が設立して以来、ブエノス・アイレスとコルドバの中間地点として栄えてきた。アルゼンチンで2番目の都市。かのエルネスト・ゲバラが、“チェ”になるかなり前、ここロサリオで生まれ、乳児期を過ごした。さらに、リオネル・メッシもここロサリオで工場労働者の父とパートタイムの清掃員の母の元に生まれ、少年期に地元のクラブ、ニューウェルス・オールドボーイズに籍を置いていたことがある。ダカール・ラリーでは、2014年大会でビバーク地となった。2016年大会ではゴール地となって、競技者がこの地を目指す。
 

DAKAR 2016 : 日程

 
ダカール・ツアー 予定
・ 2015/4/23 : ペルー
・ 2015/4/24 : ボリビア
・ 2015/4/28 : アルゼンチン
・ 2015/5/06 : オランダ
・ 2015/5/19 : ベルギー
・ 2015/5/22 : ポーランド
・ 2015/6/05 : メキシコ
 
ダカール・ラリー2016 日程
・ 2015/5/15  エントリー受付開始
・ 2015/7/15  モト&クワッド部門エントリー受付〆切
・ 2015/9/18  パリにてヨーロッパの新人競技者研修会 
・ 2015/11/1  エントリー受付け〆切
・ 2015/11    南米の新人競技者研修会 
・ 2015/11/18  パリにてコース詳細発表、シード選手紹介
・ 2015/11末  ヨーロッパからの車両の乗船 
・ 2015/12末  ヨーロッパからの車両の船がリマに到着
・ 2016/1/1&2  リマにて車検・書類審査 
・ 2016/1/3   Dakar2016スタート ペルーのリマ
・ 2016/1/10  サルタにて休息日
・ 2016/1/16  Dakar2016最終ステージ&ゴール アルゼンチンのロサリオ
 
 

2015/1/15  第13ステージ :ロサリオ – ブエノス・アイレス
全競技者 リエゾン:77km  スペシャルステージ: 174km  リエゾン:142km

モト部門

001 – マーク・コマ (総合優勝、SS5位)
人生を賭けた仕事

« とても嬉しい。それは間違いない。でも、最後の日まで、思うような走りができなかった。嵐が来て、農道のピストがひどいぬかるみになってしまい、砂漠バージョンのタイヤでは容易ではなかった。幸い少しでもまともなゴールができるよう主催者がSSを後半カットした。今日もビブ・ムースの問題があって、快適なライディングというわけにはいかなかった。だから戦略を変えなければならなかった。プッシュしなければいけなかったので力いっぱいアタックした。何かを挑発する為にそうしなくてはならなかった。ボリビアに入ってそれまでの状況を奪回できる、そう信じていた。ウユニ湖がカギだった。私はそれで生き残れた。だからとても嬉しい。ここにゴール出来てとても幸せだ。これはこれまで理想的なバイクを作ってくれたチームと、人生を賭けた仕事の成果だ。これだけ頑張った後なので、今はリラックスして楽しみたい。»

007 – パウロ・ゴンサルヴェス  (総合準優勝、SS4位)
来年また優勝めざして戦う

« ここで総合2位でゴール出来て幸せになれる。このポジションでレースが始まり、3位に落ちて、最後また2位で終わった。一時マルク・コマから5分しか差がなくて優勝を手にできるかという状況にあった。その後我ら二人にエンジン交換のペナルティ15分が科されてしまった。ホアン・バレダ もウユニ湖まで総合タイムで圧勝し素晴らしいレースをしていた。その後私のサポートのジェレミアス・イスラエルにエンジンをもらって助けられた。彼がいなければこの総合2位を祝うことができなかっただろう。だからこの成果を彼にささげる。そして、来年また優勝めざして戦う。»

026 – トビ―・プライス   (総合3位、SS3)位)
とても信じられない

«SSに入って70kmあまりで、雨がひどくなってずぶぬれになった。とてもライディングできる状態ではなかった。その後SSの後部がキャンセルになった。
ここで(総合)3位だなんて、とても信じられない。何と言ってよいかわからない。3,4か月前に出場を決めた時、どちらかといえば不安だった。エントリーの仕方も準備やラリー中の生活など、いっさい何もわからなかった。それが、こうして完走できて・・・嬉しい。»

031 – パブロ・キンタニーヤ (総合4位、SS8位)
私の人生でこれほど大変だったことはない

«非常に難しくて、ハードだった。ダカール・ラリーではどのステージも難しかった。寒い所もあったし、非常に高い山岳高地コースもあった。ダカール・ラリーを完走する本格的な体験だった。アドベンチャーだった。私の人生でこれほど大変だったことはない。がこれほど充実した満足は初めてだ。初めてのダカール・ラリーで、ケガをし、非常に長い、犠牲者が出たような難しい道を走ってきた。今日はとても嬉しい。私の家族、両親、私を支えてくれた人に感謝している。… »

クワッド部門

251 – ラファウ・サノク  (総合優勝、SS8位)
信じて疑わなかった

« この瞬間を7年間待っていた、それを信じて疑わなかった。この勝利をダカール・ラリー夢見てそれが叶わない人みんなに捧げたい。私のチーム全員と、ダカール・ラリーに出たいと願ってやまない人と一緒にこの喜びを分かち合いたい。彼らもこの勝利を味わう権利があると思う。»

オート部門

301 – ナセル・アルアティヤ  (総合優勝、SS5位)
素晴らしい

« このダカール・ラリーで勝つことができて本当にうれしい。2011年のここバラデロのゴールのことを思い出している。今は私にとって本当にスペシャルな瞬間。大会の初めからレースを制し、大会中ずーっとレースをコントロールすることができた。たくさんの人にお礼を言いたい。この大会では肉体的にも精神的にも非常に良い準備ができていたので本当にここに着くことが出来た。日々の仕事を積み重ねてきて成功することが出来た。それは素晴らしいことだ。また優勝してみたい。»

303 – ジニエリ・ド・ヴィリエ  (総合準優勝、SS4位)
私たちのできる限りの手を尽くした

« いつものことながらダカール・ラリーの最終ゴールに着くとほっとする。それはたくさんの人が本当にいっしょうけんめいやった仕事の代償だから。誰もがこのゴールでもっと良い成績で通過できるよう願っていた。ナセル(アルアティヤ)との長期にわたったバトルに、私たちの出来るありとあらゆる手を尽くした。しかし彼の方がもっと上手かった。それは少しフラストレーションだが、それがレースというものだ。ダカール・ラリーで優勝できるクルマを開発するのに何年もかかる。この4年いっしょにやってきて、トヨタ・ハイラックスは大きく改善され、大きな進歩をなしとげだ。»

307 -クシシュトフ・ホロウィッツ  (総合3位、SS7位)
速く、しかし確実に走る

« レース初めにトラぶった時、我々は戦略を変えた。速く、しかし確実にゴールする走りをしようと。そして、その戦略がラリーではうまくいった。常に冷静に、4位か5位のポジションをキープし、最終的にポディウムに上れた。ぴったりのリズムを見つけた。もちろんポディウムの真ん中を狙っているが、この3番目の位置に満足だ。他の大会で何度か優勝しているが、このダカール・ラリーでポディウムに上るのはまた格別だね。このラリーが終わるとあまりに疲れていて、二度と出たくないと思う。でも、その後、また出たくなる・・・。.»

302 – ステファン・ペテランセル  (総合8位、SS10位)
我々は最初の一歩を踏み出した。

« 私は良い方だけを見ることにしているポジティブな性質なんだ。3台のうち2台が完走できたが、完走できなかったのはドライバーの技術が不十分だったからという理由ではない。車のトップ・スピードとパフォーマンスが少し足りなかったが、本格的なメカニックの問題はなかった。我々は最初のステップを踏み出した。こうして完走でき、この次はきっともっと晴れやかな笑顔になれる・・・と願っている。特にフラストレーションは無い。奇跡はないとわかっていた。モータースポーツでは、何万キロも走り込んですべてを完全に仕上げていなければ、レースで奇跡などありえないのだ。とはいえ、チームは貴重な一歩を進めた。メカニックたちは精いっぱいの仕事をしてくれた。»

305 –オーランド・テラノヴァ  (総合18位、SS3位)
もっと強くなって戻ってくる

« 第4ステージで大きく順位が後退し、レースが困難になった。そこから楽しんで、良いレースをしようと努めた。ボリビアでのコースは寒い上、非常に標高が高くてハードだった。そんな中長時間車の中にいたが、最終的に、我々にとって良いダカール・ラリーになった。これから一生懸命働いて、トレーニングして、走り込んで、来年もっと強くなって戻ってくる。»

カミヨン部門

507 – アイラット・マルデーブ  (総合優勝、SS3位)
私の父にこの勝利を捧げたい

« とても嬉しい。そしてこの勝利は情熱的に働いてくれたチーム、メカニックや関係者のみなさんのおかげだ。そして、一緒に祝うことはできないが、私の父にこの勝利を捧げたい。»